鹿男あをによし / 万城目学
少なくないページ数のわりにサクサク読める内容で、深い考察は必要としない物語だった。“悪い”人が出てこない純なものを読んだ気がする。
中身が薄いという意味ではなく、読みごたえはじゅうぶんにある。奈良の風情も伝わってくる。鹿がしゃべりだすという設定も滑稽だ。主人公の独白はつねにどこか皮肉めいているので、ピュアという意味での純とはまたちがう。
なんというか、痛快。痛快さの一本線が最初から最後まで貫いている。(お会いしたことはもちろんないが)万城目先生のカラッとした人柄が常に漂っているような雰囲気があって、とても気持ちがいい。だからサクサク読めるのかもしれない。
展開としてはトンデモなファンタジーではあるが、愚痴をこぼしながらも日々をせっせと生きる、ひとりの男の成長物語として読むことができて、そこの側面を楽しんで読んだ。
そしてヒロインというかキーパーソンというか、堀田イトという女生徒の描かれ方がとても好きだ。二十八歳の主人公からすると年端もいかないガキではあるが、彼女の放つ鋭さのようなものが常に読み手を惹きつけて、物語序盤から強烈な存在感を放っている。書かれていない時ですら。主人公は、まだ子供であるはずの彼女によって成長させられたと言ってよいと思う。とは言えまだまだ高校生。10代らしい部分が中盤から垣間見えてきて、いよいよ魅力を増す。そこへ来てのラストは、完全に“萌え”。最高。
“悪い”人は出てこないと書いたが、一応の悪役として登場するリチャード。だが彼は、己の知識欲のためにあの行動に出たので、憎むべき悪というよりは、愚かな反面、非常にかわいい、いわゆる「人間くさい」というやつで、これもまた魅力的な人物であった。
きっとたくさん取材もされたのだと思うが、実在の建造物や遺跡、神話、災害、詩歌などを架空の設定と絡めるのが非常に巧みだった。まったく無のところから世界を作り出す物語よりも、現実と合わさって「あるかもしれない」と思わせられるファンタジーのほうが、もしかしたら好みかもしれない。
個人的には、中盤の剣道の試合がすごく楽しかった。主人公と堀田の変化もよかったし、純粋に試合運びの書かれ方がうまくて読み入ってしまった。
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