殺戮にいたる病 / 我孫子武丸

すごいカロリー消費量だった。
毎日すこしずつ、つまむようにして読んだ。


構成が巧みすぎる。
元刑事→犯人→母親の順で視点が切り替わり、そのひとまとまりを章としている。
どのような事件があって、誰が犯人で、というのがあらかじめわかっているので、純粋なミステリとは少し異なる気がする。 



蒲生稔という男は、欲求に正直になることでしだいに自己を確立し、それとともに犯罪者として――あえてこの言葉を使うが――「成熟」してゆく。その過程は丁寧に書かれており、読んでいると、かわいい我が子をはらはらしながら見つめる親の目線になってくる。アルバムをめくるようだ。
また、彼が自分の不完全な心と向き合い、衝動をおさえながら慎重に行動し、その結果に一喜一憂するさまは、青春恋愛小説を思わせる。
犯行の様子に関してはこれでもかというほど克明に描かれており、行為の凄惨さに反して――あるいは比例して、官能小説のような甘美な空気がただよっている。
それらが危ういバランスで書き連ねられており、読んでいていちばんカロリーを消費するのが、まさにこの節だ。
けれども、彼は「主人公」というより、この作品における「主題」とするほうがいいかもしれない。


主人公はどちらかというとこっちの男か。
元刑事・樋口の節は、犯人を明かそうという点ではミステリとして描かれているが、被害者のひとりが彼の知人である点や、「乳房」というもので犯行と彼の人生が奇妙にリンクしていることで、かなり読みごたえが増している。
行われた犯罪に対して、残酷だ、という感想がしっかり抱けるのはこの節だけだ。事件の生々しさと、その事実を目の前に突きつけられる「残された人々」の行き場のない感情が、読む者の顔を歪ませる。残酷だ、と思えるうちは、自分はまだ正常であることの証明にもなるだろうと考えたりもする。

竹田という教授の、性犯罪に関する知識や、それに異様な執着を見せる人間性も、スパイスとしておもしろい。NetFlixドラマ『マインドハンター』に登場する、実在の連続殺人鬼であるエド・ケンパーが彼の話の中にも出てきて、世界の犯罪史においてかなり重要な人物であることもわかった。


読み物としていちばん惹かれたのが、母視点の節だった。ここを読んでいると、つねに頭の中に「手後れ」という言葉が浮かんだ。
彼女は自分の息子が殺人犯なのではないかと勘繰るが、そんなわけないそんなわけない、と認めないようにしている。しかし次々に持ちあがる疑惑に、自分が保てなくなるほど心が揺らぐ。
母視点は、読んでいるときの徒労感がとにかくすごい。

ここで言う「手後れ」というのは、あなたが今から何をしたって無駄ですよ、だって彼はもう犯罪者なんだから、というだけでなく、あなたの家庭は何年も前からもうだめだったんです、という意味での手後れだ。



読み終えると、何もかもがまったくの手後れだった。



この物語に関する知識を何も持たないまま読んで本当によかったと思う。
読後の満足感と、作中各所での描写力をあわせて、まちがいなく傑作だと思う。

本とか

主に読書感想文、たまに思ったこと。

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