芸の人
クラスの後ろのかべにはる「みんなの自己しょうかい」のしゅくだいが出た。らいしゅうの月よう日までに出さないといけない。
名前と生年月日と、あだ名とか家ぞくこうせいとか好きな食べものとかを書くことになっている。だいたい書けたけど、好きな芸のう人だけどうしようかまよってる。
ぼくのお父さんとお母さんは芸のう人だ。お父さんはお笑い芸人で、お母さんは女ゆう。あとお姉ちゃんはキッズモデルをやってる。ぼくも小さい時に子役のオーディションを受けたことがあるんだけど、きょうみがないからてきとうにやったらお母さんにすごくおこられた。でも、それはしょうがないと思う。
ぼくはとくに好きな芸のう人はいない。お父さんはおもしろい。お母さんはこわいけど、ふだんはやさしい。お姉ちゃんはけっこうちょうしにのってるけど、身長は高い。ぼくにとっては、お父さんもお母さんもお姉ちゃんも家ぞくだから、芸のう人とは思わない。
うちにはよく芸のう人があそびに来る。よく来るのが、お父さんの後はい。その中でもぼくはレイくんがおもしろいから好きなんだけど、今はあんまり来ない。レイくんのコンビ【インクジェット】が売れてきたから。さいきんはうちよりテレビでよく見るようになった。お父さんはそれを見ながらお酒をのんでる。「ネタはいいけど“ひらば”はよわいな」ってよく言ってる。“ひらば”っていうのがよく分からないけど、ぼくはテレビよりうちでしゃべってるレイくんが好きだ。
お母さんは今は女ゆうだけどむかしはアイドルで、8人ぐみのグループだったらしい。その時のメンバーもたまにうちに来る。いちばん仲がいいのが黒木さん。きれいな人だけど、ぼくはちょっと苦手。香水がすごくくさいから。あと声も高くてうるさい。むす子のラブくんも4才なのにナマイキだからきらい。
お姉ちゃんのモデル友だちはみんなかわいい人ばっかりだけど、ぼくのことを子どもあつかいしてくる。前に一回、レイチェルさんと花さんに、せまいところにつれて行かれてパンツをぬがされた。すごくこわかった。それがお姉ちゃんにばれて、なぜかぼくがおこられた。だからお姉ちゃんはやっぱりあんまり好きじゃない。
みんなテレビで見ることが多いけど、ぼくはふだんのみんなを見てるから、それをかんがえるとやっぱり「好きな芸のう人」はいない。でも書かないとちょうしにのってると思われるから、むりやりにでも書かないといけない。
そこで思いついたのが、三宅しげるさんだ。お父さんがやってるしんやラジオのディレクターさん。一回、生ほうそうじゃなくてしゅうろくをしなきゃいけないことがあって、それが土ようの昼だったんだけど、お父さんはお姉ちゃんとぼくをスタジオにつれて行った。お姉ちゃんは芸のう人なので、とくべつゲストとしてばんぐみに出た。しばらくしたらぼくもブースによばれて、すごくいやだったけど、たぶん何もしゃべらないと空気がわるくなると思ったから、お父さんのギャグ「そこのけそこのけ私が通る」を、小さい声でやった。相方の千倉は大ばく笑でツッコんでくれたけど、ぼくはすごくはずかしかった。お父さんに「シロートの発声なのでしゅうりょう!」と言われ、ぼくはブースを出た。自分が中によんだくせに。ぼくの心ぞうはバクバクしていた。
でもブースを出た時、三宅さんがポンポンとせなかをたたいてくれて、何も言わずにとなりにすわらせてくれた。それで心ぞうのバクバクはきえて、ぼくはおちついてばんぐみを見られた。
三宅さんは元お笑い芸人で、お父さんのひとつ後はいらしい。【猫又スナイパー】というコンビで正とうはしゃべくり漫才がとくいだったけど、コンビがかいさんすることになって、こうせい作家になった。元々は芸人なので、それでもたまにテレビのバラエティとかには出てたんだけど、そのあとラジオのディレクターになったので、今はうらかたにてっしてるらしい。
お父さんがよっぱらった時に、三宅さんが漫才をやってるビデオをひっぱり出してきて、いっしょに見たことがあった。15年くらい前のえいぞうだったらしい。これがすごくおもしろかった。すごくすごくおもしろかった。今まで見た漫才の中でいちばん笑った。何がおもしろいのか今のぼくにはよく分からないけど、さいしょからさいごまでずっとおもしろかった。お父さんも「こいつは天才」と言ってた。ちょっとないてたかもしれない。
ぼくは好きな芸のう人のところに、「猫又スナイパーの三宅さん」と書いて出した。
つぎの日、「みんなの自己しょうかい」がはり出された。
だれも三宅さんのことを知らなかった。ぼくは「ツウぶってんなあ」と言われた。じゃあ何て書けばよかったんだよ。お前ら三宅さんのおもしろさ知らないだろ。
でもせつめいするのもめんどうだったので、「ここだけお父さんがかんがえた」とでたらめなことを言ったら、「お父さんのボケならしかたないか」ということになった。なんだそりゃ。
0コメント