変滞

 私の彼は変態です。 


 性的にいやらしいという意味ではなく、常に体の形態が変化し続けるということです。正しく言い直すのであれば、「私の彼は変態します」。

 蝶や蛙のように、成長の節目に変わるのではありません。一週間に一・二回のペースでカタチが変わります。かなり頻繫です。時には、日に二回以上変態することもあります。

 何度か同じカタチになったこともありました。ローテーションで決まっているのかと思いましたが、彼曰く、カタチもタイミングも完全にランダムのようです。 

 そのカタチは本当にさまざまです。一番多いのが人型ですが、目や肌の色、体型などにはかなりのばらつきがあります。犬や猫などの慣れ親しんだ動物のようになることもありますし、ビルくらい大きくなったり、細菌ほど小さくなって目視できないこともあります。空を飛べたり、火を吐いたり、えら呼吸をする必要があったりもします。

 カタチによっては特殊なプレイをせざるを得ない状況もあるので、そういう意味では、いわゆる“そっちの”変態とも言えるかもしれません。性別が変わることもよくあります。性別そのものがなくなることもあり、その時は完全なる無機物です。【彼】ではなく【これ】と呼ぶべきでしょうか。 

 私の彼はそういう生態です。 


 私はそんな彼が好きです。常に違う顔を見せてくれるから。おかげで毎日飽きずに済みます。これは彼には言えないけれど、いろんな男をとっかえひっかえしているみたいで、 少し興奮します。


 でも彼は、見た目は変わっても中身はそのままです。だから、カタチが違ってもすぐに彼だと分かります。どんなカタチの時も内向的で、流行には無頓着で、しかし趣味のゲームのこととなると堰を切ったように話し始めます。

 カタチによっては言語や声帯が本来とはまったく異なる場合もあるのですが、その時もおかまいなし。一度スイッチが入るとマシンガントークが始まります。当然、言っている内容はほとんど分かりません。どうやらゲームに出てくるモンスターの話をしているらしいのですが、話している本人が何よりもモンスターだと思います。でも、その様子を見るのはわりと楽しいです。

 不思議なことに食べ物の好みはどんなカタチの時も一貫しています。ハンバーグとメロンソーダ。私が好んで食べる焼き鳥のハツも、いつからか一緒に注文するようになっていました。

 そして何より、彼は私のことが大好きです。とにかく好きです。 

 一度、私のどこが好きなのかを聞いたところ、「全部」という答えが返ってきました。彼にとって私は初めての女で、そして私は彼の全てなのです。

 付き合い始めて三年が経とうとしていますが、彼からの好意が衰えたと感じたことは一度もありません。むしろ増幅していると言ってもよいくらいです。


 それが彼。この人はそういう人です。



 この人はそういう人なんです。だいたい分かりました。

 カタチが変わっても彼は彼のまま。出会った当初は戸惑うこともあったけれど、慣れてしまえばどうということはなく、今ではカタチの変化も彼の一部だと受け入れることができています。

 彼が彼でいること、そこには揺るぎない安心感があります。ただ――外見に合わせて中身ももう少し変わってよいと思うんです。劇的な変化は期待していません。指先からビームを出せるからといって、悪の怪人になる必要はありませんが、肌の色が濃い目の時は気持ちワイルドになるとか、美少女の時は多少ぶりっ子をしてみるだとか、たとえばそんな程度でいいんです。どうせすぐ変わるんだから。むしろカタチの変化をきっかけに、中身をどんどん更新していくべきです。


 なんとなく想像できることはあります。

 変化し続ける体とずっと付き合ってきたのは、他でもない彼自身です。彼はその「彼自身」を失わないように、必死で「彼自身」で居続けようとしているのだと思います。彼が彼であることを証明できるのはそれしかないのですから。

 でも、本当にそうでしょうか。たぶん中身が少し変わっても、私は彼のことが分かると思います。ご両親やご兄弟、友人、学生時代の恩師、職場の同僚なども同じだと思います。それは、みんな彼の外見ではないところに、彼らしさを見つけているはずだからです。見つけられていないのは、彼ただ一人です。少し同情します。



 変わったのは、もしかしたら私の方かもしれません。年を取ったのかもしれませんね。


 明日、私たちはどんなカタチになっているのでしょう。

本とか

主に読書感想文、たまに思ったこと。

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