目旅

 目が悪いのでコンタクトレンズを使っている。定期的に眼科検診を受けなければいけないのだが、僕はあれがわりと好きだ。
 視力検査をして、目の状態を見てもらって、先生の問診などがあって、終わる。まず視力検査だが、おなじみのCマークの上下左右を見極める手法。学校でやるように遮眼子(黒いスプーンのようなもの)を使うのではなく、専用の、なんだかゴテゴテした装飾や目盛りや数字のついた丸眼鏡をかけさせられて、片目だけフィルターをつけて右目、左目と順にやる。担当の眼科助手が厚めのレンズを当てがいながら、ちょっと度数上げてみるとどうですか、見えやすくなりますか、などと言ってこちらの見え方を確認してくれる。わずかな時間だが、自分と向き合えるような感じがして楽しい。
 これが内的な旅だとすると、次は外的な旅の時間だ。へこんだ皿のようなものにあごを乗せて、頭部を固定する。小さな窓をのぞくと、ある画像が見える。眼科検診を受けたことがある人ならこちらもおなじみであろう、あの画像。雲ひとつないうそみたいな青空と、だだっ広い大地、真ん中には長い道が遠くに向かって伸びており、その先には赤い気球。飛んでいるのかいないのかわからないくらい小さな気球。そこを注視するよう言われる。見ていると、だんだんその世界に吸い込まれそうになる。その道の上に自分がいるようで、開放的で、それでいて閉塞的で、かつ不安で、気持ちがよくて、だけど寂しいような感覚に襲われる。ずっとこのままいたいと思う。この窓の中の世界から戻ってこられなくてもいいとすら思ってしまう。しかし、片目ずつピントを合わせたら、ものの5秒ほどでこの行程は終了する。眼球は、今まさに遠くへ遠くへ行こうとしていたのに。だから見ている間、なるべく自分の意思で網膜に映像を焼き付ける。まぶたを閉じればいつでも思い出せるように。
 最後に先生と少しやりとりをして、無事にコンタクトレンズを処方してもらえるわけだが、先生との会話のときも、レンズ屋でも、帰ってからも、あの気球が目の奥にある。これで、いやなことがあればあの世界に自分を飛ばして、外的で内的な旅ができる。

本とか

主に読書感想文、たまに思ったこと。

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