ディスクン星人とエラル星人と
スポーツの心得がない僕にとって、スポーツ中継ほど心を揺さぶらないコンテンツはない。特に球技が苦手なので、ボールを使うスポーツはほとんど目の敵にしているところさえある。単なるひがみかもしれない。サッカーも、バレーも、テニスも、ラグビーも、ひとたび世界大会などが開催されれば日本中が熱狂するが、そんな時でさえ、僕はアイドルやお笑いの動画を見ている。
野球も例外ではない。けれど近ごろ、急に興味がわいてきたような気がする。もちろん野球がうまくなったわけではない。なんだろう、野球という競技そのものというよりは、野球にまつわる文化とか、取り巻く人々(選手も観客も)とか、空気とか、そういうものが僕を惹きつけはじめたのだ。思えば昔から、甲子園は嫌いではなかった。たとえば大学4年の時、運転免許合宿に行った。その年は早稲田実業が優勝した年で、決勝戦での斎藤佑樹と田中将大の投げ合いを、食堂のテレビで、みんなと食い入るように見たことを今でも覚えている。甲子園は少し特別なのかもしれない。若者たちが命をすり減らしながら戦うさまは、胸を打つ。でもプロ野球はなあ…、そう思っていた。
とある仕事の待ち時間、ロビーのテレビで野球中継をやっていた。ソフトバンクと広島の試合だった。数奇なことに、一緒にいた仕事仲間の中に、ソフトバンクと広島それぞれのファンがいた。ふだんなら何も心が動かないはずの野球中継。しかしこの日はちがった。試合が動くたびに一喜一憂する目の前のファンの姿が、とっても面白い。試合が危ない場面に差しかかるたびに、我がことのように荒くなる呼吸。俺だったらピッチャー替えるな、と、自分が監督になった空想をしたうえでの発言。ホームランが出たときの無言のガッツポーズ、または静かな言い訳。これらすべての彼らの言動が、僕を新しい世界に連れていってくれた。テレビとファンを同時に見て楽しむという、最高の娯楽のできあがりだ。野球に興味のない自分にとっては、まさに高見の見物。点を取られてしまったときに、わざとらしく僕が悔しそうな顔をしてみせると、向こうは、ちくしょう、という顔をしてくる。いやー厳しいっすねぇ、と心にもないことを言ってみると、素直に動揺してくれる。これがたまらない。下手なフィクションより、こういうリアルな人間の反応の方が断然面白いと思った。
ここまでの話だと、単に僕が性格の悪い人間になってしまう。ちがうちがう、ここからが大事だ。こんなやりとりをしていくうちに、僕と彼らとの間にある膜みたいなものが、すーっと薄くなっていくのに僕は気づいたのだ。ずっと僕はテレビと彼らの双方を見ているわけだが、だんだん、テレビだけを見る時間が長くなる。そう、純粋に野球の試合を見るようになっているのだ。それまでのやりとりの中で、斜に構えつつも、このピッチャーはいいピッチャーなんですか、とか、カープアカデミーって何ですか、とか、そういえば巨人の監督は誰になったんですか、とか、野球についての知らないことを僕は質問していた。相手は野球に関して僕よりも先輩だから、なんでも教えてくれる。結果、簡易的であれ、僕は野球について少しずつ詳しくなっていく。しかもこの時の試合が、もう、本当にいい試合で。点を取って取られて、差がついて縮まって、しかもこれは日本シリーズの中の一戦で。野球のルールさえ知っていれば誰もが熱中する試合だった。そんなことも手伝って、野球が僕を惹きつけていった。いい日だった。
漫画家・冨樫義博先生の作品『レベルE』に、“野球”が異星人間の争いに歯止めをかけている、というエピソードがある。(冨樫先生は大の野球ファンである。)僕はこのエピソード、理屈は分かっても実感は得られなかった。だけど、理解したい気持ちがあった。もし僕が野球好きだったら、この異星人たちと熱狂が共有できるのに、と。
今は少しだけ共有できそうな気がする。好きな球団とか、好きな選手とか、言いたい。スタジアムの雰囲気がうらやましい。ドラフトで盛り上がりたい。日本のプロ野球は面白いのかもしれない。
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