遠い猫
猫を飼うようになって、飼う前よりも、猫という生き物との距離が遠くなったと感じることが、たまにある。
そもそもうちで猫を飼うに至ったのは、妻が猫を飼いたいと言い始めたことがきっかけだった。僕の実家では過去に犬を飼っていたことがあったので、犬とはほどよい距離感を持てている気はしていた。そして、問答無用で犬が好きだった。今も好きだ。でも猫は、好きとか嫌いとか以前に、まったくの未知だった。
妻が猫を飼いたいと言い始めたのと同じくらいに、家の近くでやたらと野良猫に出会うことが多くなった。見かける、ではなく、出会う、だ。姿をあらわして、足にすりよってくるのだ。猫とのあいさつの方法である、人差し指を猫の鼻の前に持っていく、をやると、あちらは身を乗り出して鼻をくっつけてくるのだ。そのままおそるおそる額をなでてみると、ゴロゴロ言い始める。これはもしや、と思い背中あたりをさすってみると、激突するほどの勢いでこちらに体をこすりつけてくる。初めての感覚。猫って、かわいい。言葉にすると驚くほど単純だが、とにかく初めての感じだった。なんと、こういう経験をさせてくれる猫が、数か月のうちに複数あらわれた。猫との距離は急速に縮まっていった。好きにもなっていった。
猫を飼い始めてはや4年。2匹に増えてから、もう半年以上。飼う前の感覚というのは、もはや忘れかけている。猫という生き物との距離は、精神的にも、物理的にも前よりは確実に近くなって、近いのが当たり前で、それがありがたいことでかけがえのないものとなっている今だからこそ、どうして言葉が通じないんだろうともどかしい気持ちになることがある。2匹で追いかけっこをしている時、けんかしているのか、単にじゃれ合っているのか。朝、耳元でけたたましい鳴き声を上げながら、こちらの迷惑そうな様子なんてどこ吹く風で起こしてくる時、君はどういうつもりで僕に起きてもらいたいと思っているのか。出かける時、無言で座ってこちらをじっと見つめながら、ほんとうはどんな気持ちでいるのか。知りたい。でも、知らなくてもいいや、どうせ他者なわけだし、しょせん猫だし。かわいい時もあれば、うざったい時もあるよね。それでいいや。とも思う。でも、やっぱり。
こういう頭の中でのぐるぐるが、とたんに距離を遠くさせる。一緒に暮らしているからだろう。そう、飼う、ではなく、暮らす、という感じ。暮らし始めたからこそ生まれた新しい距離感。暮らしていなければ生まれなかったであろう新しい感覚。いきものっておもしろい。今、猫は好きだし、嫌いだ。
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