靴下が片方ない。洗濯かごの中にもない。洗濯ネットの中にもない。洗濯機の中にもない。洗濯機の裏にもない。家中探し回ったがどこにもない。

 昨日履いたのに。洗濯ネットに入れて洗ったはずなのに。


 これで72回目だ。記録更新。何のだ。

 僕は72本目の白い片靴下を画鋲で壁に貼った。カラフルな、形のバラバラな靴下が一面に並んでいる。まるでディスプレイ。僕はさながら靴下屋だ――全部欠陥商品の。

 同じ形で違う色の2本を履いてみるか。そういうファッションもある。が、それはしない。もう貼ってしまったから。貼ってしまえば靴下は壁紙に変わる。

 並びはグラデーションにしてある。黒からグレー、青、緑、黄、赤、ピンク、白といった具合に。そういう順番になるように、買う靴下をちゃんと選んでいるのだ。


 ちゃんと選んでいる?何のために?なくすために?それはおかしい。靴下は履くものだ。服のコーディネートに合わせて色やデザインを選ぶものだ。いくら僕が靴下をなくしやすいからと言って、こんなことを望んでいるわけはない。

 何かがおかしい。僕は靴下の行方を知る必要がある。



 そういうわけで開発したのが、この「GPS・照明付き超小型耐水耐圧長時間撮影可能リモートカメラ」だ。

 科学の才があったわけではないので猛勉強した。20代にして二度目の大学受験をし、五浪の末X大学の工学部に合格。在学中から、最先端機械工学の開発で知られるY研究センターに出入りし、精密機械の権威Z博士の教えを乞うた。大学院を出、Y研究センターの一員となり、仲間と共に開発に勤しんだ。

 のべ7年の歳月を経てついにできあがったのがこのカメラである。これでようやく僕は靴下の行方を知ることができる。


 ところで僕はずっと同じ安アパートで暮らしている。靴下は相変わらずなくなり続け、相変わらず壁を彩っている。いや、この家本来の壁はもう見えない。窓も塞がっているので日光が入らない。合成繊維の舞う室内ではくしゃみがよく出る。元より自炊などしないが、もちろん火気厳禁である。  

 いったい何本の片靴下があるのだろう。数えるのは途中でやめたので分からない。もしかしたら全く同じ種類の片方ずつがあるかもしれないが、探す気にもならない。それよりも今はすべきことがある。


 僕はこれから、買ったばかりの靴下を一度も履くことなく洗う。片方ずつにカメラを仕込み、水流で外れないようにしっかりと固定し、洗濯ネットに放り込んだ。指差し確認。よし、ちゃんと2本あるな。これを洗濯機に投入し、他に余計なものは洗剤すらも入れず、スタートボタンを押した。

 万全を期して、洗濯機の前にモニターを置き、洗濯が終わるまでの間ここでモニタリングをする。こうすることで、仮に靴下がひとりでに洗濯機から飛び出すようなことがあってもすぐにキャッチできるという寸法だ。そんなことは絶対にないはずだが。


 さて洗濯が始まった。

 このGPSは1ナノメートルの距離まで正確に把握する。しかも平面でなく立体的に観測することが可能だ。洗濯機の中で靴下同士が重なっても、2本の位置が必ず分かるようになっている。

 さっそく光の信号が重なった。想定内だ。そもそも同じネットの中にあるのだから、基本的に離れることはない。2つの光がぐるんぐるんと円運動を繰り返している。蛍のつがいが交尾しながら飛び回っているようだ。

 もちろん映像も見られる。照明付きカメラなので暗い洗濯槽の中でも大活躍。…と思ったが、こちらはあまり意味がなかったらしい。こすれる布と激しい水流の映像が繰り返し表示されているだけだ。まあいい。


 10分が過ぎ、20分が過ぎても交尾は終わらない。なんというスタミナ。だが間もなく30分だ、そろそろ洗濯が終わる頃だろう。観測にはいよいよ熱が入る。今のところ靴下が飛び出してくる気配はないが、果たして。



 洗濯が終わった。

 光は依然として重なっている。いや重なっているかのように見えるが、モニターの縮尺を拡大して見てみると、わずか1ミリほどの距離が開いているのが分かる。カメラが捉えているのは、両方とも同じような靴下の内面。ということはつまり、靴下は2本ともあるということだ。

 まあこれも想定内だ。毎回なくなるわけではないから、今回は無事に洗濯が終了しただけなのだろう。何度も実験してみればいずれ「その時」は来るはずだ。

 とは言え多少は期待していたので、やれやれと洗濯ネットを取り出した。中の靴下は……ん?片方だけだ。いや。いやいや。そんなはずはない。モニターには1ミリの距離を開けた2つの光がちゃんと表示されているのだ。これは…どういうことだ?


 よく見ると、2本の靴下はきれいに重なっていた。片方の中にもう片方がすっぽりと入ってしまっている形だ。一見すると1本にしか見えない。合体だ。靴下の交尾だ。



 ん?


 これは、


 まさか――――



 僕は壁に貼られた靴下のひとつを外し、よくよく確認してみた。すると同じように、靴下の中に靴下がすっぽりと収まっていた。この靴下も、これも、ああこいつらも全部交尾してやがる。僕はまだ経験がないのに、靴下ごときに先を越されるとは。なんと、僕は欠陥商品などひとつもディスプレイしていない、ちゃんとした靴下屋だったのか。あはは。

 とたんに体の力が抜けた僕は、するすると床にへたり込み、タバコを取り出し火を点けた。

本とか

主に読書感想文、たまに思ったこと。

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