このまちだいすき
近ごろ、車の運転をすることが多い。自家用車を持っているわけではないので、カーシェアというやつにお世話になっている。カーシェアはとても便利だ。もはやひと月に3・4回のペースで利用している。
大学4年のときに、どこか忘れたが田舎のほうで合宿して免許を取ったものの、それから10年あまりの間に運転した回数は、おそらく10回にも満たない。電車都市東京の恩恵にあずかっていたからだが、乗らないでいると、どんどん車が怖くなる。バックで車庫入れをするのは当然怖いし、右折するのも、車線変更も、ハザードを点けるのも怖い。ガソリンスタンドに入るのにも気をつかうし、そもそも給油口ってどうやって開けるんだっけ。そんな状態。
きっかけは大したことではなかったと思うが、とにかく運転に慣れなければと思い立ち、すぐさまカーシェアのサイトに登録。さっそく翌日、精神安定のため助手席に妻を乗せて、おそるおそるハンドルを握った。
運転してみたらなんてことはなかった。まあそのときはほとんど車庫入れの練習に費やしたわけだが、おかげで体にハンドルの感覚をぶち込むことができたし、そもそもバックモニター付きの車種を選べば車庫入れなんて楽ちんなのではということに後になって気づき、そしてこの問題がクリアになったことで心配ごとのほとんどが片付いた。で、その後は調子に乗ってスターバックスに寄ることができた。もちろんドライブスルーなどではなく、ちゃんと車を駐車場に停めた。俺は、もう、大丈夫だと思えた。なにごとも勇気を出して一歩踏み出すことが大事なのだ!
それからは理由をつけて何度か乗っている。今日も乗った。
今日なんて、ほとんど車に乗る必要のない日だった。観劇に行った妻を迎えに行く。14時半に目白駅。ナビによると40分足らずで行ける距離なのだが、僕は13時に車を予約していた。つまりナビ通りに行けば時間は余るわけで、それならばと、ナビを無視して都内を思うままにドライブすることにした。…いや、もとより僕はそのつもりだったのだ。
高井戸や、中野坂上や、荻窪や、池袋あたりを走った。上京してまもなく16年。僕は自分が思っている以上に東京の人間になっていた。いま走っているこの街は、稽古のため、公演のため、観劇のため、友人と遊ぶため、好きな子に会うため、買い物するため、電車で、自転車で、徒歩で、何度も訪れた場所だ。ああこの道は、稽古で使う小道具を家に忘れたから、一度稽古場に着いたのにわざわざ自転車をこいで戻った道だ。あ、あの公園は、酔っぱらって遊んでたら盛大に怪我したところだ。この近くにある稽古場は駅から遠いから、雨の日の移動は気が滅入ったな。そんな道みちを今は、車で走っている。しかも自分で運転して。そんなことが無性に感慨深かった。
道もせまいし駐車場代も高い、そんな、車社会とはけっして言えないこの街に住む今の僕は、正直言うとすごく車がほしい。自分の愛車――ああ愛車…素敵な響きだ――が。だけどそんな大きな買い物をする勇気はない。なにごとも勇気を出して一歩踏み出すことが大事なのだ、と自分で言っておきながらね。
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