品川と膀胱
品川に来た。18時45分に人と待ち合わせて観劇の予定だ。品川プリンスホテルクラブeXというのが現場である。eXは、エックス、と読む。プリンスホテルなので駅とは目と鼻の先なのだが、時計を見ると18時10分、少し早く着きすぎた。そういえばおなかが空いている。何か食べながら時間をつぶすことにしよう。
現場の下見がてらホテル近辺まで来たが、さすがプリンスホテルといったところか、ふらっと入ってさくっと食べるような店は皆無だ。だよなあ。ホテルの敷地入り口にマクドナルドはあったが、少し並んでいたのであきらめた。
ところで、実は電車に乗った時からずっと、おしっこがしたい。僕はトイレに寄りそびれていた。
中学生ごろの話だが、車で東京へ家族旅行に出かけた時も、高速道路に乗った直後からおしっこがしたくなったことがあった。高速に乗る前に、トイレに寄る必要があるか、と親から何度も確認されたのだが、その必要はない、と膀胱は言っていた。僕はそれに従っただけなのだが。かくしてその後2時間あまり、いや、渋滞していたから3時間はかかったんじゃないか?かかったよねえ?確かそうだよ、かかったかかった、ああもう体感としては5時間半くらいをとにかく耐えて、高速を下りてからも耐えて、都内に着いてからも耐えて、品川駅構内を走り回りながらも必死で耐えて(改札の外にトイレがないんだよ!)、最終的に駅前の交番でトイレを借りるまで耐えきったのである。とても偉い。そういえばこの時って最終的にプリンスに泊まったんじゃなかったっけ。とにかくそういうわけで、品川という土地は、子供時代の僕の、汗と涙と尿の染み込んだ思い出の場所なのである。今日もほら、膀胱は品川仕様だ。
僕が今すべきことは、①プリンスホテル近くの、②トイレのある、③さくっとメシが食える飲食店、を見つけることだ。それですべてがいっぺんに済ませられる。牛丼屋でもあれば最高なのにな、まあこのへんにはないよな、どうしよう時間だけが過ぎていってしまう、と時計を見ると18時18分。微妙な時間だ。こういう時に、立ち止まるか、もう少し進むか、の選択はその日のコンディションに委ねられる。今日はコンディションがいいようだ。そうさ、ここは品川で、俺の膀胱はパンパンなんだぜ?きっと道は拓けるはずだ。
ほらね、30メートルくらい先に、ラーメン、と書かれた赤提灯が見える。勝った。早足で歩いてゆき、メニューと店内の様子を確認。ちょうどいい。かなり勝ち。入店してみる。カウンター15席ほどの小さな店。座って、奥の方を見てみる。視線の先にあるは、おそらくトイレに続くのれん。大勝利じゃん。品川は俺の味方じゃん。
膀胱の心配はひとまずなくなったので、とにかく注文だ。さくっと食うとなると、シンプルにラーメンだろう。680円だし、値段的にも妥当だ。ん、待てよ。担々麺。担々麺がメニューのはじめに記してある。当店の看板ですよと言わんばかりに。税込み880円。これはほぼ900円だし、言ってしまえば1000円である。それに担々麺は好きだが、ものすごく辛かったらどうしよう。ほら、店員さん、中国人だぞ。四川の人かもしれないだろ。辛いのは得意ではない。ヒーヒー言いながら何杯も水を飲んで、食べるのに時間がかかったらどうしよう。だいいち、ほら、目の前に水差しがない。3席離れたところにはあるのに。これじゃあ水をおかわりする際に、いちいち店員さんを呼ばなくてはいけない。中国人の。それに、今朝ほんの少しおなかも壊していた。唐辛子を投入するのには心もとない。
不思議なことに、品川はどんな瞬間だって背中を押してくれるようだ。気づいたら僕は担々麺を注文していた。トイレを済ませ戻ってくると、ものの2分ほどで担々麺が提供された。まずくはないが、とくべつおいしいわけでもない。ちょうどいい。それに、そこまで辛くない。水は1回しかおかわりしなかった。食べ終わったのは18時半ちょうど。すべてがうまくいった。
だが品川のことは特に好きではない。人多いし。
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